2025年02月25日
★「映画技術史」を、アマゾンKINDLEから電子出版★
★今年は「映画誕生130周年」。映画史をアマゾンKINDLEから電子出版★
書名「タイムマシン創世記・映画誕生ものがたり」
2025年は映画誕生130周年。
動き、声を持ち、立体化を実現した虚像は、ひたすら実像化に向けて進化し続ける。
すべては光と影を記録する
「時間の帯」を手に入れたときに始まる。

映画の発明は1895年12月28日。フランスのリュミエール兄弟による「シネマトグラフ」初公開をもって記録されております。
本書は動く写真の成立から映画技術の完成に至るまでを展望することにより、過去に学び、21世紀の映像を予見しようするものです。
本書が取り上げている事柄は、映画前史から映画が音声を持ち始めた1920年代までですが、その中で見えてきたこと。それが、「時間と空間を自在に飛躍できる映画こそタイムマシン」というコンセプトです。
過去から未来へ。地球どころか宇宙の果てまで、文字通り時空間を超越したその飛躍こそ、人が求める究極の欲求であり、それが映像の魔法であり魅力であるという訳ですが、それを支えているのは単なる夢まぼろしではなく、れっきとしたテクノロジーであるということ。このように、テクノロジーの進化をこれほど貪欲に吸収し、同時に進化してきた芸術を他に知りません。そこに、映像というメディアが未来永劫不朽のものとして発展し続ける姿を、確信をもって展望することができるのではないでしょうか。
なお、これまでの映画史は個々の人物単位で語られる伝記形式が多かったのですが、ここでは同時代の発明家たちが相互に情報を伝え合ったり、ライバルの動きに切歯扼腕する姿など、人物相互間の葛藤も描くことにより、より立体的な物語にしたいと考えました。ねらいが成功したかどうかは読者の皆さんに委ねることになりますが、これまでと切り口の違う映画史だと感じていただけたら幸甚です。
●251MB A4版換算/約370ページ 写真・図解/600余点
・価格 1250円
・タブレット、スマホ、パソコンで読むことができます。
●下記のアドレスが本書の販売ページです。
(こちらでKindle Unlimited会員に登録する必要があります―登録無料 )
https://www.amazon.co.jp/dp/B0DBF3BYWL
★ライフワーク「映画技術史」を、アマゾンKINDLEから電子出版★
アマゾンKINDLE 「タイムマシン創世記」のページ
https://kdp.amazon.co.jp/ja_JP/bookshelf?ref_=kdp_kdp_BS_D_TN_bs
この画面左下の「サンプルを読む」から頭の50ページほどをご試読いただくことができます。目次部分が多くてすみませんが、一度覗いて頂けると嬉しいです。どうぞよろしくお願い申し上げます。



■以下、参考までに目次をご覧ください。
目次
序に代えて
【映画史に入る前に】
01 太古、人は影に気づいた
02 「光と影」を動かすために
― 映画誕生までの遠い遠い道のり
【映画前史】
03 それは「投影」から始まった
04 動かないものを動かすには
― 影を動かす試み
静止画を動かす - 1 アジアの影絵芝居
静止画を動かす – 2 日本の影絵芝居
静止画を動かす – 3 科学的に考えられた動く絵
05 三次元・動空間を、二次元・静止画に転換
― 写真の発明
06 行ったつもり、観たつもりの
「パノラマ」と「立体写真」
07 写真を動かした先駆者たち
08 トーマス・エジソン
【映画誕生前夜】
09 人はついに〈時間のベルト〉を手に入れた
10 ウィリアム・ディクスンの貢献と「キネトスコープ」
11 映画は魔法に近いものなんだ
12 リュミエール兄弟の「シネマトグラフ」とは
【映画誕生】
13 例えればディズニーランドのライド体験
14 余裕は「たるみ」から生まれる
― 長尺を可能にしたフィルムループの発見
15 リベンジはパラパラ漫画で
16 エジソンに、たなボタ式の新発明
【黎明期の映画】
17 「映画」の未来は見えたか?
18 エジソン社の専横始まる
19 19世紀末-日本映画事始め
20 映画の一大エポックメーキング、第5回パリ万国博覧会
21 映画が初めて「シーン」を備えた
ー「月世界旅行」
22 フレームの呪縛から解放された映画
23 映画には文章と違う言葉が必要だ
24 撮影所ラッシュで映画産業本格化
25 「空間」と「時間」という二つの呪縛を解放した第二世代
26 アニメーション映画の誕生
27 初期の映画における色彩と音声
28 映画の分岐点 ― 技術と表現の進歩 ―
29 映画はいったい誰のもの - 映画特許戦争
30 土に合い、水になじめば、花は咲く- D・W・グリフィス
【草創期の映画】
31 たどり着いたは西の果て ― ハリウッド創生
32 ハリウッドにきらめく星たち
- ムービースターの誕生
33 息抜きで観るんだから、長いものは×
- ハリウッドシステム
34 桁外れだったイタリア映画のパワー
ー 大作時代到来
35 イタリア史劇とD・W・グリフィス
36 グリフィス、チャップリンと出会う
37 映画表現技法の基礎を確立 ― 「国民の創生」
38 タイムマシン発進!-「イントレランス」はタイムマシンの壮大な実験作
39 手回し映画は次の時代に託された
40 フィルムからデジタルシネマへ
41 まとめ・・・虚像から実像への希求
あとがき
参考資料リスト
★ 付録 ★
■「写真が動いた―映像技術の過去・未来」
■「映画 - 虚像から実像への希求」
■映画と音と音楽と - 手回し映画の興隆と終焉
書名「タイムマシン創世記・映画誕生ものがたり」
2025年は映画誕生130周年。
動き、声を持ち、立体化を実現した虚像は、ひたすら実像化に向けて進化し続ける。
すべては光と影を記録する
「時間の帯」を手に入れたときに始まる。
映画の発明は1895年12月28日。フランスのリュミエール兄弟による「シネマトグラフ」初公開をもって記録されております。
本書は動く写真の成立から映画技術の完成に至るまでを展望することにより、過去に学び、21世紀の映像を予見しようするものです。
本書が取り上げている事柄は、映画前史から映画が音声を持ち始めた1920年代までですが、その中で見えてきたこと。それが、「時間と空間を自在に飛躍できる映画こそタイムマシン」というコンセプトです。
過去から未来へ。地球どころか宇宙の果てまで、文字通り時空間を超越したその飛躍こそ、人が求める究極の欲求であり、それが映像の魔法であり魅力であるという訳ですが、それを支えているのは単なる夢まぼろしではなく、れっきとしたテクノロジーであるということ。このように、テクノロジーの進化をこれほど貪欲に吸収し、同時に進化してきた芸術を他に知りません。そこに、映像というメディアが未来永劫不朽のものとして発展し続ける姿を、確信をもって展望することができるのではないでしょうか。
なお、これまでの映画史は個々の人物単位で語られる伝記形式が多かったのですが、ここでは同時代の発明家たちが相互に情報を伝え合ったり、ライバルの動きに切歯扼腕する姿など、人物相互間の葛藤も描くことにより、より立体的な物語にしたいと考えました。ねらいが成功したかどうかは読者の皆さんに委ねることになりますが、これまでと切り口の違う映画史だと感じていただけたら幸甚です。
●251MB A4版換算/約370ページ 写真・図解/600余点
・価格 1250円
・タブレット、スマホ、パソコンで読むことができます。
●下記のアドレスが本書の販売ページです。
(こちらでKindle Unlimited会員に登録する必要があります―登録無料 )
https://www.amazon.co.jp/dp/B0DBF3BYWL
★ライフワーク「映画技術史」を、アマゾンKINDLEから電子出版★
アマゾンKINDLE 「タイムマシン創世記」のページ
https://kdp.amazon.co.jp/ja_JP/bookshelf?ref_=kdp_kdp_BS_D_TN_bs
この画面左下の「サンプルを読む」から頭の50ページほどをご試読いただくことができます。目次部分が多くてすみませんが、一度覗いて頂けると嬉しいです。どうぞよろしくお願い申し上げます。
■以下、参考までに目次をご覧ください。
目次
序に代えて
【映画史に入る前に】
01 太古、人は影に気づいた
02 「光と影」を動かすために
― 映画誕生までの遠い遠い道のり
【映画前史】
03 それは「投影」から始まった
04 動かないものを動かすには
― 影を動かす試み
静止画を動かす - 1 アジアの影絵芝居
静止画を動かす – 2 日本の影絵芝居
静止画を動かす – 3 科学的に考えられた動く絵
05 三次元・動空間を、二次元・静止画に転換
― 写真の発明
06 行ったつもり、観たつもりの
「パノラマ」と「立体写真」
07 写真を動かした先駆者たち
08 トーマス・エジソン
【映画誕生前夜】
09 人はついに〈時間のベルト〉を手に入れた
10 ウィリアム・ディクスンの貢献と「キネトスコープ」
11 映画は魔法に近いものなんだ
12 リュミエール兄弟の「シネマトグラフ」とは
【映画誕生】
13 例えればディズニーランドのライド体験
14 余裕は「たるみ」から生まれる
― 長尺を可能にしたフィルムループの発見
15 リベンジはパラパラ漫画で
16 エジソンに、たなボタ式の新発明
【黎明期の映画】
17 「映画」の未来は見えたか?
18 エジソン社の専横始まる
19 19世紀末-日本映画事始め
20 映画の一大エポックメーキング、第5回パリ万国博覧会
21 映画が初めて「シーン」を備えた
ー「月世界旅行」
22 フレームの呪縛から解放された映画
23 映画には文章と違う言葉が必要だ
24 撮影所ラッシュで映画産業本格化
25 「空間」と「時間」という二つの呪縛を解放した第二世代
26 アニメーション映画の誕生
27 初期の映画における色彩と音声
28 映画の分岐点 ― 技術と表現の進歩 ―
29 映画はいったい誰のもの - 映画特許戦争
30 土に合い、水になじめば、花は咲く- D・W・グリフィス
【草創期の映画】
31 たどり着いたは西の果て ― ハリウッド創生
32 ハリウッドにきらめく星たち
- ムービースターの誕生
33 息抜きで観るんだから、長いものは×
- ハリウッドシステム
34 桁外れだったイタリア映画のパワー
ー 大作時代到来
35 イタリア史劇とD・W・グリフィス
36 グリフィス、チャップリンと出会う
37 映画表現技法の基礎を確立 ― 「国民の創生」
38 タイムマシン発進!-「イントレランス」はタイムマシンの壮大な実験作
39 手回し映画は次の時代に託された
40 フィルムからデジタルシネマへ
41 まとめ・・・虚像から実像への希求
あとがき
参考資料リスト
★ 付録 ★
■「写真が動いた―映像技術の過去・未来」
■「映画 - 虚像から実像への希求」
■映画と音と音楽と - 手回し映画の興隆と終焉
2023年11月06日
2019年03月20日
映画と音と音楽と――手回し映画の興隆と終焉
先日、府中市の多摩交流センターで、全国生涯学習ネットワーク他主催による「第181回、多摩発・遠隔生涯学習講座」でお話させていただいた映画技術史の内容を要約しましたのでご笑覧ください。

タイトル
映画と音と音楽と―手回し映画の興隆と終焉 講話・映画史研究/島倉 繁夫
1895年.映画は誕生した時には音声を持たず、のちのトーキー(発声)映画との区別でサイレント(無声)映画と呼ばれています。サイレントとトーキーを分けたものは、手動と電動でした。映画はトーキーになるまで、撮影も上映も手回しで行われていたことは周知のとおりです。
誕生したばかりの映画は短くて、ボードヴィルやバーレスクなどの幕間をつなぐために利用されました。音楽で成り立つこれらのステージには必ずピアノやオルガンがあり、映画にもごく自然に即興の演奏がつけられたことは想像に難くありません。その意味で、最初の映画(フィルム)自体は音声を持ちませんでしたが、音楽演奏はついていた、と考えられています。

1910年代。映画が変化に富むストーリーを持つようになり、1作品の上映時間が長くなるのと並行して人気が高まり、5セント硬貨1枚で楽しめるニッケル・オデオン(映画小屋)が登場。喜劇、悲劇、アクションなど映画の情景に応じた楽譜のライブラリが用意され、フィルムは楽譜といっしょに配給されるようになります。
ニッケル・オデオンは次第に映画館の様相を呈し、ステージの前には演奏家のためのボックスがしつらえられ、小編成の楽団によるライブ演奏が定着します。また、いろいろな楽器の音を一人で演奏できるワーリッツァオルガンの導入も見られました。



ハリウッドに発したスターシステムにより映画ファンが一挙に増加すると、1910年代半には1000席を有する映画館が誕生。そうした動向を後ろ盾に、まず歴史遺跡を生かせる地の利を得て、史劇大作を投入して市場を拡大したのはイタリア映画でした。「トロイの陥落」1910、「クオ・ヴァディス」1912、「カビリア」1914、といった超弩級の映画が次々と製作されると、すぐにアメリカのD・Wグリフィス監督が「国民の創生」1915、「イントレランス」1916、という3時間レベルの超大作を発表します。
これらの長時間にわたる映画の音楽は既成の楽曲の流用では間に合わず、オリジナルで作曲する必要が生じたことは必然の成り行きでした。また大作映画では、オーケストラと混声合唱団によるライブ演奏といった形態へと拡大していきます。こうした傾向は他の国々でもほぼ同様の発展を見せるようになります。ここに映画音楽という独自のジャンルが確立されます。

初めての映画音楽は1908年に制作された「ギーズ公の暗殺」のために作曲されたサンサーンスによる同名の曲とされていますが、1920代には現役のオネゲル、プロコフィエフ、ショスタコーヴィッチ、ラフマニノフ、フッペルツといった作曲家たちが映画音楽に参画し始めます。
ところで、映画をトーキーにするためには、まず音声を光学的に記録してフィルムに焼きこむ仕組みの発明。更に、手回しではなく、撮影機と映写機を平均的に駆動するための電動小型モーターの開発が不可欠であり、その上上質の音で再生させるために、フィルムの走行を1秒16駒から24駒へとスピードアップさせるという大転換が必須の条件でした。

こうして1927年、「ジャズ・シンガー」という初のトーキー映画が公開されることになります。映画誕生から32年後のことです。ところがそれは主人公の歌の部分だけをレコードと同調させたパートトーキーでした。
オールトーキーは1928年制作のアメリカ映画「紐育の灯」。ここに至るまで、撮影/上映はすべて手回しだったということは驚嘆に値します。
なお、トーキー時代初期の映画では、ガーシュイン、サティなども活躍しています。

タイトル
映画と音と音楽と―手回し映画の興隆と終焉 講話・映画史研究/島倉 繁夫
1895年.映画は誕生した時には音声を持たず、のちのトーキー(発声)映画との区別でサイレント(無声)映画と呼ばれています。サイレントとトーキーを分けたものは、手動と電動でした。映画はトーキーになるまで、撮影も上映も手回しで行われていたことは周知のとおりです。
誕生したばかりの映画は短くて、ボードヴィルやバーレスクなどの幕間をつなぐために利用されました。音楽で成り立つこれらのステージには必ずピアノやオルガンがあり、映画にもごく自然に即興の演奏がつけられたことは想像に難くありません。その意味で、最初の映画(フィルム)自体は音声を持ちませんでしたが、音楽演奏はついていた、と考えられています。
1910年代。映画が変化に富むストーリーを持つようになり、1作品の上映時間が長くなるのと並行して人気が高まり、5セント硬貨1枚で楽しめるニッケル・オデオン(映画小屋)が登場。喜劇、悲劇、アクションなど映画の情景に応じた楽譜のライブラリが用意され、フィルムは楽譜といっしょに配給されるようになります。
ニッケル・オデオンは次第に映画館の様相を呈し、ステージの前には演奏家のためのボックスがしつらえられ、小編成の楽団によるライブ演奏が定着します。また、いろいろな楽器の音を一人で演奏できるワーリッツァオルガンの導入も見られました。


ハリウッドに発したスターシステムにより映画ファンが一挙に増加すると、1910年代半には1000席を有する映画館が誕生。そうした動向を後ろ盾に、まず歴史遺跡を生かせる地の利を得て、史劇大作を投入して市場を拡大したのはイタリア映画でした。「トロイの陥落」1910、「クオ・ヴァディス」1912、「カビリア」1914、といった超弩級の映画が次々と製作されると、すぐにアメリカのD・Wグリフィス監督が「国民の創生」1915、「イントレランス」1916、という3時間レベルの超大作を発表します。
これらの長時間にわたる映画の音楽は既成の楽曲の流用では間に合わず、オリジナルで作曲する必要が生じたことは必然の成り行きでした。また大作映画では、オーケストラと混声合唱団によるライブ演奏といった形態へと拡大していきます。こうした傾向は他の国々でもほぼ同様の発展を見せるようになります。ここに映画音楽という独自のジャンルが確立されます。

初めての映画音楽は1908年に制作された「ギーズ公の暗殺」のために作曲されたサンサーンスによる同名の曲とされていますが、1920代には現役のオネゲル、プロコフィエフ、ショスタコーヴィッチ、ラフマニノフ、フッペルツといった作曲家たちが映画音楽に参画し始めます。
ところで、映画をトーキーにするためには、まず音声を光学的に記録してフィルムに焼きこむ仕組みの発明。更に、手回しではなく、撮影機と映写機を平均的に駆動するための電動小型モーターの開発が不可欠であり、その上上質の音で再生させるために、フィルムの走行を1秒16駒から24駒へとスピードアップさせるという大転換が必須の条件でした。

こうして1927年、「ジャズ・シンガー」という初のトーキー映画が公開されることになります。映画誕生から32年後のことです。ところがそれは主人公の歌の部分だけをレコードと同調させたパートトーキーでした。
オールトーキーは1928年制作のアメリカ映画「紐育の灯」。ここに至るまで、撮影/上映はすべて手回しだったということは驚嘆に値します。
なお、トーキー時代初期の映画では、ガーシュイン、サティなども活躍しています。
2017年08月15日
調布市北部公民館 映画講座
調布市北部公民館 映画講座映画がフィルムだったころ
映画の街・調布・・・にちなんで、映画のお話をさせていただきます。
映画がメディアとしてその頂点をなしたのは、アメリカにおけるハリウッド全盛のころでした。
ここではおもにその頃のお話をさせていただこうと思います。
入場は無料です。どうぞよろしくお願いします。


映画の街・調布・・・にちなんで、映画のお話をさせていただきます。
映画がメディアとしてその頂点をなしたのは、アメリカにおけるハリウッド全盛のころでした。
ここではおもにその頃のお話をさせていただこうと思います。
入場は無料です。どうぞよろしくお願いします。

2016年02月23日
講演「映画がフィルムだったころ」
2016年2月13日、稲城市若葉台「ワルツの杜」において下記のお話し会を開催させていただきました。当日は同マンションにお住まいの方限定。一般公募はありませんでしたが、一応こちらに提示させていただきます。
稲城・若葉台/ワルツの杜 教養講座
映画がフィルムだったころ
日時 平成28年2月13日(土) 10時15分~11時45分
場所 ワルツの杜 コミニュティホール
講師 島倉繁夫(映像制作、映画技術史研究)
昨年の2015年は、映画誕生120周年でした。
それはまた、フィルムだった映画が、アナログからデジタル方式に転換を終えた、
「デジタルシネマ元年」とも呼ぶべき大きなエポックでした。
とはいえ、映画の文化を築いてきたのは「フィルム」です。
私たちの心の中には、フィルム時代の映画の記憶が未だ鮮烈に残っています。
そんな懐かしい映画の思い出をいっしょにたどってみませんか。

※上記に関してのお問い合わせは 島倉まで
Tel.042-377-6172 Mail. fcm43962@gmail.com
稲城・若葉台/ワルツの杜 教養講座
映画がフィルムだったころ
日時 平成28年2月13日(土) 10時15分~11時45分
場所 ワルツの杜 コミニュティホール
講師 島倉繁夫(映像制作、映画技術史研究)
昨年の2015年は、映画誕生120周年でした。
それはまた、フィルムだった映画が、アナログからデジタル方式に転換を終えた、
「デジタルシネマ元年」とも呼ぶべき大きなエポックでした。
とはいえ、映画の文化を築いてきたのは「フィルム」です。
私たちの心の中には、フィルム時代の映画の記憶が未だ鮮烈に残っています。
そんな懐かしい映画の思い出をいっしょにたどってみませんか。

※上記に関してのお問い合わせは 島倉まで
Tel.042-377-6172 Mail. fcm43962@gmail.com